税務調査の場面では、税務上の判断が分かれるグレーゾーンの処理が論点になることが多く、対応の仕方で結果が大きく変わることもあります。最悪の場合、答え方によっては悪気がないのに悪質と結論づけられ重い重加算税が課せられることもあります。
そうならないためにも、経験豊富な税理士に対応してもらうと共に、税務署のやり方、調査の進め方を把握していることがとても大事です。
相続税の税務調査は相続税の申告期限(お亡くなりになられてから10ヶ月)から5年間は行われる可能性があります。申告書を提出した直後に行われる可能性は高くなく(元々目をつけられている場合を除きます)、通常申告後1年~3年以内に行われるケースが殆どです。
税務署からの税務調査の連絡は、申告した時期にかかわらず、7月~9月に来ることが多いです。税理士に相続税申告を依頼されていた方は税理士経由で、ご自身で申告された方や、そもそも申告されていない方には、税務署から直接連絡が来るはずです。
よほど悪質なことや、意図せずに税務署に大きな疑念を抱かれるようなことをしていない限り、アポなしで調査が来ることはなく、一般的には事前に連絡が来て、日程調整をしたうえで調査が行われます。
税務署からは、可能であれば、調査当日に相続人全員が同席をすることを求めてきます。
なお、税務署から調査の連絡がきたからと言って、必ずしも税務署が具体的な問題点を把握しているとは限りません。筆者の経験でも、ご自宅での調査時点では論点を特定しておらず、調査後に銀行・証券会社等の口座の調査をスタートするケースもありました。
調査は原則として亡くなられた方のご自宅で行われます(臨宅調査とも言います)。ただ、稀に故人の財産に関する資料の多くが自宅以外にある場合には、その多くの資料の所在する場所で調査が行われるケースもあります。
ご自宅等での調査は、ほとんどの場合1日で行われるます。当日は午前10時にスタートし、夕方16時から17時くらいに終わります。途中12時から13時が昼休憩になり、調査官は外に昼ご飯を食べに行きます。調査官が納税者の準備した食事を食べることはありません。
午前中は質問等が中心で、午後は預金通帳を含む書類等の現物調査が行われます。
相続税は、亡くなった日の財産の評価額に、評価額に応じた税率をかけて計算しますので、税務調査は財産の計上漏れがないか、低く評価していないかという観点で行われます。
よく昔のドラマの影響などで、床下の金の延べ棒とか、隠し部屋の現金を探すイメージがあるかもしれませんが、実際はそんな場面に出くわすことはありません(少なくとも私はありませんでした)。
また、調査官も怖い人をイメージされる方もいるかもしれませんが、実際には高圧的な態度の人は少ないです。どちらかと言うと腰が低くて聞き上手の人が多いです。ご高齢のお母さんが、調査官があまりに丁寧に聞くもので、だんだん気持ちよくなって楽しくおしゃべりしてしまうことさえもあります。
実はこれが税務署のやり方で、雑談の中から証拠となりうる必要な情報を引き出しているのです。この聞き方は実に巧妙です。ですので、税務署から質問された場合には、聞かれたことのみ答えることが大事です。
また、分からなければ分からないと答えればいいのです。
当然亡くなった方ご自身の財産の話なので、相続人やご親族が分からない内容があって当たり前なのです。
ただし、反対に答えが分かる質問については嘘をつかずに答えないと、悪質としてペナルティが課せられることもありますので注意が必要です。調査官は雑談の中で、対応する相続人が何を答えられる(分からないと言えない)状況だったのかを見ています。
事例を使ってご説明してみます。
調査当日の午前中に、調査官は必ず被相続人(亡くなられた方)の亡くなる直前のご病状を質問してきます。例えば亡くなる前、半年くらいは病院で寝たきりで本人は外出できなかったと回答したとします。
そのあと午後に、調査官に通帳のチェックされます。その時に、亡くなる3ヶ月前の預金の引き出し、出金が見つかったとします。
調査官からはその引き出しの用途を聞かれるはずですが、被相続人ご本人は、当時外出できず、預金の引き出しが行えなかったはずですので、親族のうちの誰かが引き出しを行っていたはずと見られてしまいます。全員が分からないとは答えられないのです。
雑談の中での話し方、質問への答え方が非常に大切であることがお分かりいただけたかと思います。
国税局による調査等、大規模に行われる調査ではなく、通常の所轄税務署による調査であれば、調査当日に2人組の税務署職員がご自宅にやってくるのが一般的です。
相続税の税務調査当日に聞かれること、チェックされる書類などはパターン化されていますので、具体的に見ていきましょう。
午前中は質問タイムです。ある程度パターンが決まっていまして、典型的な質問は次の通りです。
・亡くなられた方の住所や仕事、勤務先、勤務地の履歴
・亡くなられた方の実家の家業や実家から相続したものの有無
・趣味
・亡くなられる直前のご病状、入院先、入退院の履歴
・判断能力がどの程度あったか
・取引先の金融機関はどこか、貸金庫はあるか(貸金庫には何が入っているか)
・相続税の申告にあたり、取引先の金融機関その他の財産をどうやって把握、調査したか
・生前の預金、現金の管理方法、誰が管理していたか、通帳はどこに置いてあったか
・本人が管理していない場合、誰がいつごろから管理していたか
・相続人の家族構成、仕事の履歴、相続人(子供)の配偶者の収入
・相続人の財産の状況、取引先金融機関、不動産の場合については購入の経緯
・相続人の財産は相続人自身の所得等により形成されたものか
・亡くなられた方と相続人の間で贈与やお金の貸し借りはなかったか
・名義預金というものを知っているか、相続税の申告にあたって検討したか
・配偶者の実家の家業や実家から相続したものの有無
・財産関係の書類(預金通帳、株券、ゴルフ会員権、印鑑(実印、銀行届出印、認印)、不動産の権利証)の所在(家の中の金庫、引き出し、貸金庫など)
・それらの書類は誰が触れたか
・事業(個人事業、開業医、不動産事業など)を行っている場合、売上の入金方法(現金受け取り、振り込み、管理会社など)
午後は書類等の現物確認を行います。
調査官が書類等の現物を見ながら必要の都度質問してきます。基本的に書類等を黙々とチェックしますので、沈黙の時間が続きます。調査官からの質問に対しては、午前中の回答と矛盾がないように回答することが大切です。
午後の確認手続きもある程度パターンが決まっていまして、典型的な確認事項は次の通りです。
調査官はカメラやスキャナを持参しており、書類をスキャンして税務署に持ち帰る慣習があります。稀に資料が膨大になる場合には、預かり証を発行して持って帰ることもあります。
・預金通帳等の大事な書類が保管されている金庫、書斎の引き出し等がある場所まで実際に行き、調査官の指示に従って内容物の確認
・調査の規模によって、各部屋を巡回、引き出しの中身の確認
・蔵や倉庫があるときは、場合によってはその保管物の確認
・預金通帳、定期預金証書(亡くなられた方と相続人のもの)
・株券、ゴルフ会員権等の有価証券(亡くなられた方と相続人のもの)
・金融機関からの配布物・報告書等
・保険証券(亡くなられた方と相続人のもの)
・不動産の権利証、建築確認申請の控え、土地の測量図等
・印鑑(実印、銀行届出印、認印)
・それぞれの印鑑の用途を確認のうえ、重要な印鑑の印影の記録(税務署の持参した用紙に記録用に捺印される)
・美術品、骨とう品、金、貴金属等
・亡くなられた方の電話帳、その他手帳
このあたりの手続きを順に進めていくと、大体16時~17時になり、臨宅調査終了となります。通常その場で結論がでることはなく、「質問した内容、確認した資料を踏まえて署で検討します」と言って帰って行きます。
※臨宅調査は通常1日で終わることがほとんどですが、財産規模や調査の進捗状況に応じて2日以降に続く可能性もあります。2日目の調査は、1日目の未完了手続の続きが行われます。
臨宅調査後、税務署側の詳細検討が始まります。臨宅調査でのヒアリング結果、書類の確認結果の裏を取るため、銀行等金融機関の取引記録(通帳と同じ記録)を取得して検証します。
税務署は職権で過去10年分の取引記録を取ることができます。金融機関もこれに対応するために、10年分の取引記録の保管が義務付けられています。亡くなられた方(被相続人)だけでなく、相続人の預金口座の動きも調べられます。
税務署は金融機関から入手した被相続人と相続人の取引記録を調査し、多額(例えば50万円以上など)の入出金がある場合にはその内容について質問してきます。
その他、例えば預金のATMでの入出金処理を行っていれば、処理を行った銀行支店、ATMの所在場所、時間帯が調べられます。窓口で手続きを行っていた場合には、窓口に来た人の性別、年齢層が調査されます(銀行は記録をとっています)。振込用紙やその他の手続き用紙の筆跡の確認も行われたりします。
また、相続人(奥様やお子様)の過去の所得調査が行われ、過去の所得や収入に比べて、奥様やお子様の所有財産が多いような場合、これが亡くなられた方から流れてきていないか、いわゆる「名義預金」に該当しないかが検証されます。
臨宅調査後のこの税務署の検証に、大体1~1か月半くらいの期間かかります。
この検証結果をもとに電話等で質問が行われます。税理士に依頼している場合には、税理士を介して質問を受けることになります。長期的に主張が平行線になる等、余程のことがない限り、再度調査官と会うことはありません。あくまで電話等でのやり取りで終わることがほとんどです。
今回は税務署の調査の進め方をご紹介しました。
繰り返しになりますが、調査は対応の仕方で結果が大きく変わります。税務署の調査のやり方を把握しておくとともに、相続税や税務調査対応の経験の豊富な税理士に対応してもらうことも大切です。
私自身、手前味噌で恐縮ですが、過去経験した税務調査で約6割は是認通知(追徴課税なし)を勝ち取っています(統計データによれば、直近の全国平均の是認率は約2割弱です)。
さらにオススメなのは、調査が入る前、最初の申告の段階で税務調査の事前対策をしっかりやってくれる税理士に依頼することです。 税理士によっては申告の段階で税務調査の対策をする人としない人がいます。税務調査が入られにくい申告書を提出するとともに、税務調査に入られても抗弁できるように事前に準備をしておくことが大切です。
結果として税務調査に入られる割合が、対応した税理士によって大きく変わるという状況が生まれています。 全国平均だと、申告された方のうち、税務調査に入られる割合は10%~20%ですが、相続専門の 経験豊富な税理士であれば、これが約5%になるというデータもあります。
税理士の優劣は、節税の技術だけでなく、税務調査の対応の仕方も基準になります。税務署に媚びを売らずに、税務調査に入られにくい申告書を作る税理士は頼りになると思います。税務調査の結果が是認で追徴課税なしとなったとしても、調査に入られること自体が気持ちがいいものではないですからね。